#07 返事がこないので

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那覇から帰って1週間が経った。イスライスライスラ、良かった。僕は二週目の土曜日の回を観に行き、最終日は少しだけ簡単な撮影を手伝った。

#06 このタブを閉じて、現実に帰ってしまうのか?

1日目が終わった時石田祐規に「良かったですけど、ちょっと疲れましたね」と言った。石田祐規は「そうかな、中にいたからアドレナリン出まくりだった」と言った。そういえばBABFの時も、温度差があった。その温度差と境目については、雑誌内の「誰にも言えなかったこと」の記事で斉藤拓海や僕がたまたま同じことを言及している。

2日目が終わってから石田祐規に「どう?疲れなかったっしょ?」と言われた時、やはりそうだよなと自分を労うよりもまず安堵の気持ちで一杯であった。境界を跨ぐこと、いつも手を伸ばして見たいのだけれど、片足跨ごうとしたところでやめてしまう。そうして、今日もPippiのイベントにgoingを押しておきながら行かなかった。僕がどうしても天井を見上げなければならないときにも、不本意に事は進んでいる。進んでいた。

気付けば3月の25日になる。インスタグラムを見れば、花見の様子が見える。そうか。もうこの時期か。台北に来て2年、未だ桃色の春が訪れた事はない。季節に色があるという事で案外次の一歩を踏み出す馬力になっているという事、停滞した時間は意外にも痛くもない。

来週にはnewgengoが発表される。みんな、忙しいと思う。目を見開いて一つ一つ注意深く観察していたら昼間の明るさについていくことができない。

だから、この雑誌をじっと眺められてしまうと、進んでいく時間への責任が取れないような気もしてしまう。

だから、

未来を唄っている。メタに乗らず、シリアスでもない。完成されたギャグを言うには、書けなかった脚本が山積みにされてある必要がある。しかし、完成される必要なんてないようだということを多くの人が気付き、そしてこの雑誌に文章を寄稿した。

紙不足の2019年(印刷にも影響が出ている)、紙は木から出来ているというよりかは、なんかそうじゃなくて、そういう話をしたいわけじゃなかった。菅谷さんが気付いてくれたとき、石田祐規はすごく嬉しそうな表情を浮かべていた。

兎も角(シャワーを浴びて髪を乾かさないまま書いてた)、

この雑誌を手にして、この罪に加担してください。この話はそこから始まることになります。恐らくですが、新元号を固有名詞にしたくはないということです。

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そういえば、元ネタは盗み聞きした他人の会話なので申し訳ないのだけれど、3年後の未来を想像することって非常に難しい。30年後を想像したときに、3年の10回分という計算をする人がいるとしたら、コメントで教えてください。

 

(80Pの予定だった雑誌が120Pになり、値上がりしてしまいました。)

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増田捺冶 Twitter

       

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